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| ▲たにかわ・しゅんたろう 1931年東京生まれ。三好達治の紹介で「文学界」に詩を発表して注目を集める。52年、処女詩集『二十億光年の孤独』を発表。みずみずしい感性が多方面から高い評価を得る。主な詩集に『日々の地図』『みみをすます』など。また戯曲、記録映画制作、絵本・童話制作、絵本の翻訳など様々な分野で活躍している。 |
春の香りが漂いはじめた北陸の地、石川県小松市にある名刹・本光寺で谷川俊太郎は自作の詩を朗読していた。聴衆は約300人、アンコールに応えて「生きる」を力強く読みはじめると場内は静寂となり、終わると拍手の渦に変わった。聴衆はみんなが満足。
谷川俊太郎&谷川賢作スペシャルジャズユニット『魂のいちばんおいしいところ』というタイトルで行なわれた詩の朗読と音楽のジョイントコンサートの模様である。この日は息子でピアニストの谷川賢作に、吉野弘志(ベース)、鈴木力(ハーモニカ)、さがゆき(ボーカル)が加わった編成である。「ALSと仲間たち」「重度心身障害児と親の会」などが共催した。コンサートの終了後、詩人は会場になったお寺の堂内で語る。
「こうしたコンサートは年間五十回ほど行なっていますが、うまくいった場合は嬉しいしほっとします。なんか、解放される感じがありますね。問題がある場合には、もうちょっとマイクの調子がよければ…、とか考えてしまいます。
日によって出来が違いますから。その嬉しさというのは、コンサートを聞きにきてくださった方々と、束の間ですが何かつながりができ、同じ場を共有できたことですね」
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| ▲イベント終了後のサイン会の様子。右が息子の谷川賢作さん。 |
詩人はこの日、東京から小松空港経由で会場入りした。春間近とはいえ、北国の風はまだ冷たいが、手引きのケースとショルダーバックという軽装だ。旅慣れている、という雰囲気でひょうひょうと歩く。そして会場となる本光寺の堂内に入り、この日ジョイントするメンバーと簡単な打ち合わせを行う。バッグから資料を取り出し、朗読する詩を確認している。
詩の朗読と音楽のジョイントは、息子であるピアニストの谷川賢作から誘われてスタートした。
「親子で共演するという意義づけなど、いっさいしませんね。息子に誘われてはじめて、やっているとだんだん楽しくなってきて…。それから活字で詩を発表しているのと全然違う“場”ができますからね。それが自分にとっての励みだし。それに身内の息子が相手だから気が楽ですしね。失敗してもカバーしてもらえるし、それで続いているんじゃないでしょうか」
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| ▲二日目、西田幾太郎記念館でのコンサートの様子。 |
詩人は「さも当然」といった雰囲気で、舞台で詩の朗読を続ける理由を語る。これらの活動が、詩人の心の健康と体の健康を維持しているようにみえる。
「書くという行為は一人で閉じこもることですから、根暗になりがちです。しかしこうして地方に旅行していると、多くの人々と交流することもできるし、批評も聞けるのですから、ぼく自身の心と体の健康にいいような気がします。
というとずっと続けると思われがちですが、ぼくは飽きっぽいですから、やめるよ、というかもしれません。あるいは自分でも変化を感じるし、その変化が面白くて、いろんなレパートリーを取り込んで続けていくかも知れません。呼んでくださる方がいらっしゃれば、出かけていきたいと思います」
会場には親子連れで子供も多く、体の不自由な人も詩人の朗読に聞き入り、音楽のリズムにあわせて身体を揺らす。子供の参加者が多ければ、早口言葉で笑わせるという「芸」も披露する。
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| ▲コンサート終了後、インタビューに答える谷川俊太郎さん。 |
「ぼくは詩の朗読をすることで、子供たちにことばの力を身につけてもらおうなんて考えたこともありませんね。教育的な配慮は一切ありませんし、喜んでくれる、それで満足なんです。
こういう現場でのぼくは、芸人に徹したいと思っていますから、喜こばせて、楽しませて満足させたいという気持ちが強いですね。ただ自分が絵本や詩を書いているとは、今の日本の状況を見ていて、不足なものをぼくが補えればいいなとは思います」
確かにステージで朗読をしている詩人は“芸人”の貫禄が感じられる。芸人としての実感を聞いてみた。
「印象に残るエピソードはたくさんあります。質疑応答の時間を設けたときのことですが、子供たちがハイ、ハイ、と手を挙げて面白い質問を浴びせてくれます。一番印象的だったのは、小学3年生くらいの子が“谷川さんてどうしてそんなくだらない詩をたくさん書くんですか”って聞いてきたときです。
ぼくも虚を突かれて、聴衆も大喜びです。こういう思いがけない質問が嬉しいですよ。詩ってどうせくだらないんだよ、とかいってごまかしたけどね。くだらないという意味は、<かっぱかっぱらった>とか言葉遊びのような詩を読んだので、それがダジャレのように聞こえて、くだらない詩といったんだと思います。学校での詩の教育というのが、詩の意味ばかりを教えようとしているから、子供にくだらないと思えたのでしょうけど、それが面白かったんでしょう。それから今日も、車椅子の子が詩や歌、音楽にあわせて手を動かしていましたが、そんな反応も嬉しいですね。体を通しての交流を感じることができます」
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| ▲「詩はフィクション。自分が変幻自在になれる……」 |
詩人の旅は小松市だけではなく、翌日にはかほく市に移動して、西田幾太郎記念館でも朗読を行った。この記念館は過去に一度訪れている。
「西田博士は、ぼくの父親の先生なんですよ」と聴衆に報告した。身近な話題を持ち出し観衆を一気に引きつける。
「ぼくはウケないと不安になるんですが、本当に芸人になろうとしたら大変ですから、おこがましい話なんですけどもね。
ただ詩集を出版するだけではなく、ステージで朗読をすることが、自分のエネルギーになるという実感があります。「家族の肖像」ではお父さんになったり、子供になったりして朗読します。これは自分のなかに、女もいるし幼児もいるし、150歳くらいの老人もいるといった感じで自己をとらえているところがあるから。自分が赤ん坊に戻ったんじゃないか、と感じるときだってあります。
だから詩の中の一人称はイコール作者自身じゃないんです。ほとんどの詩はフィクションととらえてもらうほうがいい。自分のなかに潜んでいる現実の自分と違う一種の役割を楽しんでいるところもありますね。自分が変幻自在になれるのですから…」
詩作にふけってステージで朗読を楽しむ。詩人は「自分次第で自由になろうとすればいくらでも自由になれるじゃないですか」とさわやかな笑顔で語った。谷川俊太郎の詩の世界は「自由」にあふれている。